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石の兵士

 インカの王がパチャクチック Pachacutic だったとき、チャンカ族 Chancas がクスコに攻めてきました。
 インカの人たちは頑張って戦ったのですが、多勢に無勢で劣勢です。
 そんなとき、一人の男がいいました。

「計略で敵に立ち向かおう」

 そして森や丘にあった石に、投槍を置き楯を立て(ダジャレではない)、あたかも多くの兵士が立っているように見せかけました。

 それを遠くから見つけたパチャクチック王は、沢山の見方がいると喜び、大声で叫びました。

「森に控える兵士たちよ、丘に控える兵士たちよ。こちらは酷い苦戦だ。早く駆けつけ加勢せよ」

 するとどういうことでしょう。
 石はたちまち人になって、投槍を構え楯を持ち、敵軍へ突っ込んで行くではありませんか。
 突然の反撃にチャンカ族はびっくり。さんざんに打ち負かされたのでした。

 そして戦が終わると、かの兵士たちは再び石に戻ったのでした。



オランタの伝説

 ユパンクィ・パチャクチック王 Yupanqui Pachacutic の時代、王にクリ・コイルル Curi-Coyllur という娘がおりました。
 彼女は美しい髪と目の麗しい佳人であったので、多くの者達が彼女に求婚するのでした。
 オランタ Ollanta という若者も、その一人でした。
 彼は王族ではありませんでしたが、有力な酋長の一人でした。
 その頃の風習では、インカの王族でない者がインカ王族の娘と婚姻を結ぶことは許されなかったのですが、そんなの吹っ飛ばす位に熱い想いを、オランタはクリ・コイルルに寄せていたのでした。

 ある日オランタは、下僕のピクィ・チャクィ Piqui-Chaqui[蚤脚]にかの娘について語っておりました。

「わたしは昼夜なく彼女のことを考えずに入られない。どうしてもクリ・コイルルを妻にしたいのです」

 そんなこといわれても、下僕は困ります。
 それでまごまごしていると、オランタは下僕をなじります。

「なんです、わたしはあの乙女に相応しくないとでもいうのですか?」

 そんなこといわれても、下僕はもっと困ります。
 困った下僕はいいました。

「普通の身分の者が、王族とは結婚できない掟であることはあなた様もご存知でしょう。それを翻すのはとても難しいと思います」

「掟がどうであろうと、わたしは思いを遂げる覚悟は出来ています。たとえどんな危険があろうとも」

 それなら下僕に愚痴るなよ、という話。
 ところでそれを、そばでじっと聞いていた僧侶が居まして、こういいました。

「オランタ殿、あなたはその思いを早く吹っ切った方がいい。その執着は、いつかあなたのみに祟るであろうよ」

 偉い坊様の言葉さえ、オランタの耳には入りませんでした。
 なぜなら、実はオランタはある意味もう思いを遂げていたのです。
 正式な結婚こそしていませんでしたが、オランタとクリ・コイルルは既に知り合い、まーなんつうか行くとこまで行ってしまっていたのですよ。
 たとえ掟に背こうとも、それこそ戦を起こしてでも、かの乙女を正式に妻に迎えようと決心したのは、無理からぬことであったのでございます。

 オランタは王ユパンクィ・パチャクチックに会いに行きました。
 そして、姫君クリ・コイルルとの結婚を許してくれるよう、王に願い出ました。
 しかし王の答えは万人の予想通り。

「お前は王族ではない。わたしの家来の一人だ。それが王の娘を妻に貰おうなど、許されることではない」

 オランタはひるまず、己がいかに優れた武人で、身分はなくとも見劣りせず、姫を降嫁させても後ろ指さされるいわれのない人間であることを訴え、再度クリ・コイルルを妻にと願います。
 しかし王は聞く耳持ちません。

「くどくどいわず下がれ。下衆の身で大それた申すでない」

 そこまでいわれては、流石に怒ります。
 オランタは顔色を変え、凛と響く声でいいました。

「わかりました。ここまで行ってお許しが頂けないとあらば、わたしにも覚悟がございます。刀にかけて、かの姫君を頂く所存。そのときになってお慌てめさるな」

 そういい捨てて、王宮を後にしたのでした。

 オランタは怒りのままに、すぐさま王に叛意を現しました。
 王は驚き、慌てて戦の支度をします。そして、ルミ・ナウイ Rumi-naui という武将に、

「オランタはなんという不届き者か。身に合わぬ願いを申し出、叶わぬといって謀反を企てる。お前に指揮を任せよう。一刻も早く、オランタの兵どもを蹴散らすのだ」

 ルミ・ナウイは委細承知と、意気揚々軍勢を進めます。
 しかしいよいよ戦が始まると、オランタの武勇の前に、散々な目に遭ってしまうのでした。

 そんな最中。
 クリ・コイルルが赤子を産みました。それは珠のような女の子でした。父親が誰って、それはいうまでもありません。
 ユパンクィ・パチャクチック王の怒ること怒ること。

「難という不埒なことを。敵の子を産むなど、もはやお前は娘ではない。尼寺へ行くがいい」

 クリ・コイルルは暗く冷たい尼寺の一室に幽閉されてしまいました。
 彼女は孤独に、オランタを恋しがり嘆き悲しむのでした。

 戦は長く続きました。
 オランタとクリ・コイルルの娘イマ・スマック Yma Sumac[いかに美しいことよ]戦時中にもかかわらず可愛い娘に育ちました。
 イマ・スマックは、母が尼寺に幽閉されていることを聞くと、会いたいと侍女にせがみました。そして、侍女に連れられ母クリ・コイルルと会い、お互いのことを語り合いました。。
 イマ・スマックは、それからたびたび母のもとを訪れ、悲しむクリ・コイルルの心を慰めるのでした。

 さて、そうこうしているうちに、ユパンクィ・パチャクチック王が亡くなりユタンクィが王の座に着くことになりました。パチャクチックの子らしいですが、するとクリ・コイルルの兄弟でしょうか。
 新王ユタンクィは、再びルミ・ナウイを呼び出し、命じました。

「今度こそ、謀反を鎮めるのだ」

 とはいえルミ・ナウイはオランタの武勇を恐れていましたので、正面から戦う気はとんとおきません。
 それで、ルミ・ナウイは計略でもってオランタを生け捕りにすることにしました。

 ルミ・ナウイは配下の兵たちを谷間に隠れさせ、おのれは血塗れ満身創痍の姿に扮し、単身オランタの陣を訪れました。
 オランタは怪しみながらも、どうしたことかと訪ねます。
 ルミ・ナウイはいいました。

「もうさんざんです。ユタンクィ王の兵士たちは自堕落な者達で、わたしがそれを咎めるとわたしを散々に責め立てたのです。わたしをこんな目に遭わせたユタンクィの配下をわたしは恨みます。それで、あなたと力を合わせ、王の軍勢を叩きのめすべくこうして参ったのです」

 オランタは基本お人好しであったので、ルミ・ナウイの言葉をすっかり信じました。

「それは気の毒なことです。我が陣営に加わるといいでしょう。そして共に、王に目にもの見せましょう」

 そんなこといっちゃって、酒宴まで開いたりするのでした。

 しかしそれは罠な訳で。
 ルミ・ナウイの巧みなおだてに乗ったオランタの兵士たちは大酒を浴び、酒宴はいつか泥酔の屍累々。
 そこかしこ眠りこける兵士たちを目に、ルミ・ナウイは時期やよしとオランタの陣を抜け出します。
 そして、谷間に隠れた兵を率い、オランタの陣に攻め入って全ての者を生け捕りにしたのでした。

 捕らわれのオランタはユタンクィ王の前に引き出されました。
 ところでユタンクィ王は、父と違って鷹揚な王でした。それで彼は、オランタを許すことにしたのです。
 そこへ、オランタと王女クリ・コイルルの娘イマ・スマックが駆け込んで来て王に懇願しました。

「どうか母上を許してあげて下さい。母上は今も暗く冷たい尼寺で一人昼夜なく嘆き悲しむ毎日です。オランタさまを許すなら、母も許してあの尼寺から出してあげて下さい」

 ユタンクィ王は、母思いのその言葉にいたく感動しました。
 そして、己自身で尼寺を訪れ、クリ・コイルルとオランタの手を握らせ、二人に祝福の言葉を与えたのでした。

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・その後は親子三人、末永く幸せに暮らしたのでした。
 というところまでは書かれていませんが、まあ恐らくそうなのでしょう。
・これは伝説を元にしたアプ・オランタ Apu-Ollanta という戯曲の一つで、古くからよまれたものなのだそうですよ。
・そんで、ペルーに今も残る城砦オランタイ・タムプ Ollantay-tampu はオランタに因んで名付けられたといわれてるそうです。

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